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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)134号 判決 1996年2月20日

兵庫県尼崎市東本町1丁目50番地

原告

ユニチカ株式会社

同代表者代表取締役

田口圭太

同訴訟代理人弁護士

品川澄雄

千葉県千葉市中央区亀井町15番21号

鎌田荘2階

被告

中村昭郎

同訴訟代理人弁護士

石塚英一

山本隆司

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第8580号事件について平成6年4月5日にした審決のうち、特許第1391715号の明細書の特許請求の範囲第2項、第3項に記載された発明についての部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「固体の積層を均一的に行う方法」とする特許第1391715号(昭和52年4月22日出願、昭和62年7月23日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成4年5月7日、本件特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、この請求を平成4年審判第8580号事件として審理した結果、平成6年4月5日、「特許第1391715号発明の明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許を無効とする。その余についての審判請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月16日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

(1)  特許請求の範囲第1項に記載の発明(以下「本件第1発明」という。)

分散系中の固体を分離して積層させるに材質が金属、鉱物、炭素、動物或いは植物性物質、合成樹脂又はその他の無機或いは有機物質等からなり、断面が円、楕円、卵形、三角形、矩形、花びら形その他種々の多角形をなしていて、且つ使用の際変形しない強度を有する線状物を材料として製られ、而して線状物相互の間隔は線状物の太さの1倍(平均)以上を有する立体的不規則的網状構造のろ材或いは上記のろ材の表面を網で覆ったろ材或いは上記それらのろ材の内部に流出管が開口している構造のろ材を用いてろ過を行う際、ろ過速度に急激な変化を与えないで行うことを特徴とする固体の積層を均一的に行う方法。

(2)  特許請求の範囲第2項に記載の発明(以下「本件第2発明」という。)

分散系中の固体を分離して積層させるに材質が金属、鉱物、炭素、動物或いは植物性物質、合成樹脂又はその他の無機或いは有機物質等からなり、断面が円、楕円、卵形、三角形、矩形、花びら形その他種々の多角形をなしていて、且つ使用の際変形しない強度を有する線状物を材料として製られ、而して線状物相互の間隔は線状物の太さの1倍(平均)以上を有する立体的不規則的網状構造のろ材或いは上記のろ材の表面を網で覆ったろ材或いは上記それらのろ材の内部に流出管が開口している構造のろ材を用いてろ過を行う際、積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行うことを特徴とする固体の積層を均一に行う方法。

(3)  特許請求の範囲第3項に記載の発明(以下「本件第3発明」という。)

分散系中の固体を分離して積層させるに材質が金属、鉱物、炭素、動物或いは植物性物質、合成樹脂又はその他の無機或いは有機物質等からなり、断面が円、楕円、卵形、三角形、矩形、花びら形その他種々の多角形をなしていて、且つ使用の際変形しない強度を有する線状物を材料として製られ、而して線状物相互の間隔は線状物の太さの1倍(平均)以上を有する立体的不規則的網状構造のろ材或いは上記のろ材の表面を網で覆ったろ材或いは上記それらのろ材の内部に流出管が開口している構造のろ材を用いてろ過を行う際予め分散媒のみを通過させ、その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系のろ過を開始することを特徴とする固体積層を均一的に行う方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)<1>  請求人(原告)は、甲第1号証ないし同第3号証(本訴における甲第3号証ないし同第5号証。以下、書証の表示は、本訴における書証番号で行う。)を提出し、本件第1発明は、甲第3号証に記載された発明と同一であって、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないものであり、本件第2発明は、甲第4号証に記載された発明と実質同一であって、特許法29条1項3号の規定により、又は甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件第3発明は、甲第4号証に記載された発明と実質的に同一であって特許法29条1項3号の規定により、又は甲第3ないし第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は同法123条1項1号により、無効とすべき旨(以下「第1の主張」という。)主張しており、

<2>  さらに、本件特許は、明細書の記載に不備があり、特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、本件特許は同法123条1項3号により、無効とすべき旨(以下、「第2の主張」という。)主張している。

(3)<1>  被請求人(被告)は、本件第1発明と甲第3号証に記載されている発明とは互いに完全に独立した別の発明であり、本件第2発明は、甲第4号証記載の発明とは発明として全く無関係であり、また、本件第2発明は甲第3号証記載の発明及び甲第4号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、本件第3発明は、甲第4号証記載の発明とは発明として全く無関係であり、また、本件第3発明は甲第3号証記載の発明、甲第4号証記載の発明及び甲第5号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない旨答弁すると共に、

<2>  本件特許には、明細書の記載に不備は見い出せない旨答弁している。

(4)<1>  そして、甲第3号証(特開昭51-80067号公報、昭和51年7月13日出願公開)には、「金属、鉱物、動物性物質、植物性物質、並びに合成樹脂等から製られた断面が円、楕円、卵形、矩形その他種々の多角形をなす線状物を立体的、不規則的に幾重にも編み上げ且つ線状物と線状物の間隔を10mm以下とした立体的網状構造を特徴とする全く新規なる〓材」(1頁左下欄5行~10行)が、実施例の「直径約0.5mmの針金を円弧状、網状に幾重にも立体的に形成せしめた半径約2cmの略球形の本発明に係る〓材(針金間隔約2~5mm)」(3頁右上欄7行~10行)と共に記載されており、さらに、係る〓材による〓過方法について、「本発明に係る〓材による〓過は初めから終りまで殆ど流速に変化なく一定速度で行われる(この現象を発明者は定常状態と呼んでいる)こと」(2頁左下欄6行~9行)、「本発明に係る〓材による〓過は定常状態により行われるが、その際流出速度を変えても常に夫々の流速に於ける定常状態が観察される」(2頁右下欄13行~15行)こと、「本発明に係る〓材を使用して得た〓滓換言すれば沈殿物は均一に積層しているので分散媒による洗滌は非常に能率的に行い得る」(4頁右下欄11行~14行)こと、が各々記載されている(別紙図面2参照)。

<2>  また、甲第4号証(実公昭52-7744号公報、昭和52年2月18日出願公告)には、濾材について、「第2図乃至第6図は本考案濾過装置に適用する繊維集束体を示したものである。本考案濾過装置に使用できる濾過材は前記の如く繊維を1乃至2個所で集束した繊維集束体であり集束された各繊維はそれぞれ集束点から放射状に広がるものが好適である。又本考案に於いてこの様な繊維集束体を使用するのは繊維それぞれの太さが極めて微細なものまで得られ、その直径が均一に製造でき従ってこれの集積によって得られる繊維間隙即ち濾過孔隙は均一な状態にすることができるからであり、更にこのような繊維を集束することは繊維の取り扱いを容易にし、しかも繊維各々の流失を防ぎ精密な濾過を可能ならしめるからである。又更に繊維表面の汚れを洗浄する際にも集束した繊維を織物類と同様に機械的に洗うことができるからであり、これにより濾過性能を100%回復せしめることでできる」(5欄8行~24行)こと、及び「繊維集束体に用いられる材質は次の繊維のマルチフイラメント或はモノフイラメントである。即ち繊維材質はポリアミド、ポリエステル、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン等の合成繊維、アセテート、ニトロ繊維糸等の半合成繊維羊毛、絹、麻等の天然繊維及びガラス繊維等が使用できるのである。

又一層緻密な濾過材とするためにこれ等の繊維に熱加工によりウエーブを加えたり又は他の短繊維を繊維表面に植毛してもよい」(6欄19行~28行)こと、が第2~6図と共に記載されており、更に、係る濾材を用いた濾過方法について、「先ず濾過層1の内部の多孔板3に支持される繊維集束体2を充填し、濾過液送出管14の弁を閉じるか、管自体を持ち上げて固定し、ポンプ6に呼び水をしてポンプを回転始動させる。被濾過液19は吸入管8及び送入管9から成る被濾過液導入配管を通って濾過槽1内に満たされる。次いで濾過水送出管14を開けば濾過水は水頭圧により自然に送り出される」(6欄34行~41行)ことが第1図と共に記載されている(別紙図面3参照)。

<3>  更に、甲第5号証(社団法人日本工業用水協会編「水処理実験法」株式会社コロナ社、昭和46年6月20日発行、223頁~229頁)には、ろ材の性能試験法について、「すべてのろ材について、基本的には図G-12に示すような装置によって、そのろ過性能を試験することができる。

まずろ材の補集効率を測定する場合には、原水タンクに被ろ過水を入れ、弁F1、F2(圧力および流量調節用)、F4を開き、F3、F5を閉じて液を流し、そのときの流量、被ろ過物質の濃度ろ材の圧力損失、ろ過水の水質などの間の相関関係を求める。

つぎにろ材の最大負荷保持量を決定するには、まず弁F1、F2、F5を開け、F3、F4を閉じて清澄水をろ材に循環して流しておく。ついで被ろ過物質タンクに適当な被ろ過物質を所定量入れ、これをバルブF3を開けてろ材に流し、このときの流量、ろ材の圧力損失および負荷量の相互関係を求める。

多孔質ろ過筒の補集効率について試験した結果を表G-3に示す」(228頁3行~229頁4行)ことが、図G-12及び表G-3とともに記載されている(別紙図表4参照)。

(5)  そこで、第1の主張について検討する。

<1> 本件第1発明と上記甲第3号証に記載の発明とを対比すると、上記甲第3号証には、ろ過(以下、引用例中の「〓」及び「濾」は、「ろ」と記す。)は定常状態により行われること、即ち、ろ過は初めから終りまで殆ど流速に変化なく一定速度で行われる旨記載されており、そして、その結果、ろ滓、換言すれば沈殿物は、均一に積層する旨記載されているから、結局、本件第1発明は、線状物が、使用の際変形しない強度を有するのに対し、上記甲第3号証記載の発明は、線状物の強度については触れられていない点を除いては、両者に発明の構成上実質的な相違はない。

上記相違点について検討すると、上記甲第3号証記載のろ材は、ろ過が定常状態で行われること、更に、洗滌が可能であること、から、実質的に変形しない強度のものであることは自明であるから、上記甲第3号証記載の線状物も本件第1発明の線状物と同じく、使用の際変形しない強度を有するものと認められる。そして、両者は、作用効果の点においても、各々の発明の構成が同一である以上、同一の作用効果を奏するものと認められる。

以上の通りであるから、被請求人は、本件第1発明と上記甲第3号証記載の発明とは完全に独立した発明である旨主張するも、本件第1発明は、請求人が主張する如く、上記甲第3号証記載の発明と実質的に同一の発明というべきであって、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない。

<2>(a) 本件第2発明と上記甲第4号証記載の発明とを対比すると、上記甲第4号証記載のろ過装置は、「ろ過水は水頭圧により自然に送り出されるもの」であり、即ち、このことは、本件第2発明の「積層する固体表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行うこと」に相当するが、(イ)本件第2発明は、ろ材の線状物が、使用の際変形しない強度を有するのに対し、上記甲第4号証記載のろ材は、洗滌によりろ過性能を100%回復せしめることができる旨記載されているものの、ろ過中のろ材強度については、何等記載されていないばかりでなく、示唆する記載もない点、(ロ)本件第2発明は、ろ材が立体的不規則的網状構造であるのに対し、上記甲第4号証記載のろ材は、実施例を参照しても、ろ材を構成している繊維は集束されており、規則的構造である点、(ハ)本件第2発明は、固体の積層を均一的に行うのに対し、上記甲第4号証記載の発明は固体の積層を均一的に行うことについては何等言及されていない点、で両者は発明の構成上明らかに相違しており、本件第2発明は、上記甲第4号証記載の発明と同一であるものとすることはできない。

(b) 次に、上記甲第4号証記載の発明への上記甲第3号証記載の発明の適用可能性について検討すると、上記甲第3号証には、本件第2発明に係るろ材と同一のものが記載されているものの、本件第2発明は定常状態を形成する特定のろ材を用いて初めて所期の作用効果を奏するものであり、上記甲第4号証記載のろ材に代えて、上記甲第3号証記載のろ材を適用することは、当業者といえども容易に想到し得たものと認められないばかりでなく、作用効果においても、格別の作用効果を奏するものと認められ、本件第2発明は上記甲第3号証記載の発明及び上記甲第4号証記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものとは認められない。

<3>(a) 本件第3発明と上記甲第4号証記載の発明とを対比すると、(イ)本件第3発明は、ろ材の線状物が、使用の際変形しない強度を有するのに対し、上記甲第4号証記載のろ材は、洗滌によりろ過性能を100%回復せしめることができる旨記載されているものの、ろ過中のろ材強度については、何等記載されていないばかりでなく、示唆する記載もない点、(ロ)本件第3発明は、ろ材が立体的不規則的網状構造であるのに対し、上記甲第4号証記載のろ材は、実施例を参照しても、ろ材を構成している繊維は集束されており、規則的構造である点、(ハ)本件第3発明は、固体の積層を均一的に行うのに対し、上記甲第4号証記載の発明は、固体の積層を均一的に行うことについては何等言及されていない点、(ニ)本件第3発明は、予め分散媒のみを通過させ、その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系のろ過を開始するのに対し、上記甲第4号証記載の発明は、分散媒の代わりに、被ろ過液(本件第3発明の「分散系」に相当)を用いている点、で両者はその発明の構成上明らかに相違しており、本件第3発明は、上記甲第4号証記載の発明と同一であるものとすることはできない。

(b) 次に、上記甲第4号証記載の発明への上記甲第3号証記載の発明及び上記甲第5号証記載の発明の適用可能性について検討すると、上記甲第3号証には、本件第3発明に係るろ材と同一のものが記載されており、上記甲第5号証には、予め清澄水(本件第3発明の「分散媒」に相当)のみを通過させ、そのろ過液中にろ材の全部が浸されている状態のうちに被ろ過液(本件第3発明の「分散系」に相当)のろ過を開始することが記載されているものの、本件第3発明は、定常状態を形成する特定のろ材を用いて初めて所期の作用効果を奏するものであるから、上記甲第3号証記載のろ材を適用することは、当業者といえども容易に想到し得たものと認められないばかりでなく、その作用効果においても、格別の作用効果を奏するものと認められるので、係る特定のろ材を用いていない上記甲第5号証記載の発明の適用可能性を検討するまでもなく、本件第3発明は上記甲第3号証ないし同第5号証記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものとは認められない。

(6)  次に、第2の主張について検討する。

<1> 本件特許第1ないし第3発明の「固体の積層を均一的に行う」なる記載は、各々、本件特許明細書の発明の詳細な説明の項の、「ろ過速度に急激な変化を与えずにろ過を行うこと」(甲第1号証欄15行、16行)、「分散系を直接に積層しているろ滓に衝突せしめるとろ滓が飛散したり、積層状態に乱れを生じ、定常状態を形成してのろ過が行われなくなる。これは積層するろ滓附近のろ過に伴って生ずる流れ以外の流れにより、本ろ材がその独特の効果を発揮するのを妨げられていることを示している。」(同4欄20行ないし26行)との記載事項からみて、積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行うこと、更に、「分散媒のみを通過させながら続いてろ過を行うこと」(同4欄36行、37行)、との記載からみて、ろ材の周囲に固体の積層を均一的に行うことができることは明らかであるから、請求人が指摘する、「固体の積層を均一的に行う」という文言は、単に効果を記載したにすぎず、いかなる手段によりこれを達成するのか不明瞭である旨の主張は根拠がなく、失当である。

<2> 次に、本件第2発明の「積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」なる記載は、「分散系を直接に積層しているろ滓に衝突せしめるとろ滓が飛散したり、積層状態に乱れを生じ、定常状態を形成してのろ過が行われなくなる。これは積層するろ滓附近のろ過に伴って生ずる流れ以外の流れにより、本ろ材がその独特の効果を発揮するのを妨げられていることを示している」(甲第1号証4欄20行ないし26行)との記載及び本件特許明細書(甲第1号証)の第1図及び第2図の邪魔板(タ)(別紙図面1参照)を斟酌すれば、その具体的手段は明らかであり、請求人が指摘する、「積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」という文言は、その具体的な実現手段が記載されておらず、当業者が容易に実施できる程度に記載されていない旨の主張は根拠がなく、失当である。

(7)  以上のとおりであるから、本件第1発明は、甲第3号証に記載された発明と同一であるものと認められるから、本件第1発明に関する特許は、特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号の規定により無効とすべきものである。また、請求人のその余の主張は、いずれも根拠がなく採用できない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(4)は認める。

同(5)のうち、<1>は認める。<2>のうち、(a)は認め、その余は争う。<3>のうち、(a)並びに(b)のうち甲第4号証記載の発明への上記甲第3号証記載の発明及び上記甲第5号証記載の発明の適用可能性について検討すると、上記甲第3号証には、本件第3発明に係るろ材と同一のものが記載されており、上記甲第5号証には、予め清澄水(本件第3発明の「分散媒」に相当)のみを通過させ、そのろ過液中にろ材の全部が浸されている状態のうちに被ろ過液(本件第3発明の「分散系」に相当)のろ過を開始することが記載されていることは認め、その余は争う。

同(6)は認める。

同(7)のうち、本件第1発明は甲第3号証に記載された発明と同一であるものと認められるから、本件第1発明に関する特許は、特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号の規定により無効とすべきものであることは認め、その余は争う。

審決は、本件第2発明が甲第3号証及び第4号証に記載の発明に、本件第3発明が甲第3号証及び第5号証に記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたにもかかわらず、誤ってそれを否定する判断を示したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(本件第2発明について)

<1> 本件第2発明は、甲第3号証及び第4号証に記載されたものから容易に発明することができたものである。

<2> 本件第2発明の構成要件のうち、「積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」との要件以外の点は、すべて甲第3号証に記載されている。

<3> 甲第3号証第3図、第4図には、〓液の流出はコックの調節に従って常に定常状態の流速で全量が流出することが示されている。この構成は、正に本件第2発明における「ろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」という構成を示唆している。

<4> そして、甲第4号証には、「次いで濾過水送出管14を開けば濾過水は水頭圧により自然に送り出されるのである。」(6欄39行ないし41行)と記載されているが、この記載は、「積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」点を明記しているものである。

<5> 甲第6号証(「上水道学」(技報堂 昭和44年発行 275頁ないし286頁)の275頁以下には、「緩速〓過」について記載があり、その282頁には、「b)流入設備 原水を〓過池に流入させる流入部は、水流により砂層の表面がかく乱されないように注意する。・・・砂面を保護するために、流入設備に接する扇形の砂面に、幅1m程度のコンクリート版を敷き並べるとさらに効果がよい。」と記載されている。

甲第7号証(「上水道工学」国民科学社 昭和45年発行 258頁ないし279頁)の258頁以下には、「緩速砂ろ過法」について記載があり、その268頁に、「f.流入設備 原水の流入設備としては流入水のかく乱によって砂面が洗掘されないように配慮することが最も肝要である。そのためには通常図-8・6のように流入管を、周壁に接して設けた流入室内において下向きに布設して、流入時の水の勢力をいったん減殺してから流入室から流出させる。この場合流入室の壁に小孔をあけるか、あるいは直接壁頂を越流させるかするが、室の周囲の砂面はやはり乱れやすいのでそれを保護するために幅80~100cmの部分にれんがまたはコンクリートブロックを敷く。流入管には流量調節用の制水弁または制水扉をとりつける。」と記載されている。

甲第8号証(「ろ過〔Ⅰ〕清澄ろ過」工学図書 昭和43年発行 170頁ないし277頁)の170頁以下には、「緩速ろ過」について記載されており、その174頁には、「流入設備および調節井」について、「流入設備としては流入水量を加減する制水弁と流入水が砂面をかき立てることがないように砂面を保護する設備とを設ける必要がある。たとえば第71図では流入水の水勢を弱めかつ均等に分散させるために流入口を囲んで阻流壁を設け、周囲に穿った孔からろ過池内へ分散流出するようにできている。」と記載され、171頁には、「緩速ろ過池の構造略図」が第71図として掲げられている。また、「急速ろ過」について記載した206頁以下の部分における275頁には、「大部分の圧力式ろ過は原水を上方から入れ、トラフまたは有孔パイプで分散し、ろ層を通った水は下部集水装置によって集められるようになっている。」と記載され、276頁の「圧力式急速ろ過機(アンスラサイトろ層)の操作説明図」を図示した第132図の「ろ過工程」の欄には、「原水」を「ろ材」の上方から分散して「ろ材」に供給することが図示されている。

以上甲第6号証ないし同第8号証の文献には、「積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」との要件がろ過装置において用いられていることが記載されており、それ故、この要件はろ過装置における常套手段である。すなわち、緩速ろ過技術においては、砂層、砂層表面への付着物及び生物皮膜(ゼラチン膜)が一体となったろ材によってろ過が行われるものであって、単に生物皮膜(ゼラチン膜)によってろ過が行われるものではない。したがって、甲第3号証に記載の発明と緩速ろ過技術とは、ろ材が異なるものの、ろ材表面へ固体が積層し、固体が分離される点では作用効果において全く同じであり、利用する原理も同じである。また、緩速ろ過技術において流入水の流れを調整するのは、ろ材の攪乱を避けるため、すなわち、砂層の攪乱を避けるとともに砂層表面への付着物及びゼラチン層の剥離を避けるためであるが、このことは結局固体の積層を乱さないことと同じ意味であり、緩速ろ過技術と本件第2発明の技術内容が異なるとはいえない。

なお、甲第6号証ないし同第8号証は、甲第3号証及び第4号証に基づく審判段階における原告の主張を補強するためのものであり、本訴において提出することができる。

(2)  取消事由2(本件第3発明について)

<1> 本件第3発明は、甲第3号証及び第5号証に記載されたものから容易に発明することができたものである。

<2> 本件第3発明の構成要件のうち、「予め分散媒のみを通過させ、その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系のろ過を開始する」との要件以外の点は、すべて甲第3号証に記載されている。

<3> 甲第5号証の2には、「つぎにろ材の最大負荷保持量を決定するには、まず弁F1、F2、F5を開け、F3、F4を閉じて清澄水をろ材に循環して流しておく。ついで被ろ過物質タンクに適当な被ろ過物質を所定量入れ、これをバルブF3を開けてろ材に流し、この時の流量、ろ材の圧力損失および負荷量の相互関係を求める。」(228頁、229頁)と記載されている(別紙図表4参照)。上記記載は、直接には「ろ材の最大負荷保持量」の決定のための方法を記載した箇所であるが、「ろ材の最大負荷保持量」を決定するためには、現実のろ過において用いられる手順(操作手段)がそのまま用いられなければならないから、上記手順は現実のろ過に当たって用いられている手順である。

そして、その手順に従えば、弁F1、F2、F5を開け、F3、F4を閉じて清澄水をろ材に循環して流しておくことは、本件第3発明の「予め分散媒のみを通過させ」に相当し、ついで、被ろ過物質タンクに適当な被ろ過物質を所定量入れ、これをバルブF3を開けてろ材に流すことは、本件第3発明の「その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系のろ過を開始する」に相当する。

<4> 甲第6号証284頁には、「砂層内の空気排除と砂面保護のため、調節井より浄水を2m/日以下のゆるい速度で徐々に逆送して砂面上10~20cmまで水を張る。次に原水の流入口を開いて砂層面を荒らさないように徐々に原水を引き入れ規定の水位にする。」と記載されている。

甲第7号証の276頁、277頁の「逆張りは塩素消毒したろ水をもって砂面上20~30cmまで行なってから原水を少量ずつ流入させ、砂面がかく乱されないように注意深く漸次増量する。直接原水を砂面に導入すると、砂面を洗掘して汚染をろ層内部に侵入させ、空気をも砂層中に封入して悪影響を与えるから厳に注意すべきである。」と記載されている。

甲第8号証の184頁には、「ろ水の逆送 上記の作業が終ったら引出口(調節井)からろ過水を静かに逆送して砂面上10cm程度まで水位を上げる。これは直接原水(沈殿水)を引入れると砂面を乱すばかりでなく、砂面内に空気が残ってろ過の邪魔をするからである。」と記載されており、さらに、同頁には、「原水流入管を開けて原水(沈殿水)をろ過池内へ徐々に引入れ、規定水面に達したらろ過排水を開始する。」と記載されている。

以上甲第6号証ないし同第8号証の文献には、「予め分散媒のみを通過させ、その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系のろ過を開始する」との要件がろ過装置において用いられていることが記載されており、それ故、この要件はろ過装置における常套手段である。

なお、甲第6号証ないし同第8号証は、甲第3号証及び第5号証に基づく審判段階における原告の主張を補強するためのものであり、本訴において提出することができる。

被告は、砂層内に空気が封入されるとプランクトンの繁殖が妨げられるから水の逆送が行われる旨主張するけれども、プランクトンは空気を利用して繁殖するものであって、空気が封印されても繁殖するものであるから、被告の上記主張は失当である。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1(本件第2発明について)について

<1> 砂ろ過をはじめとする網状構造物や多孔質物質を用いた従来のろ過技術では、ろ材の間隙に被ろ過液中の固体を目詰まりさせて、ろ液を得る。かかるろ過では、ろ過を継続すると流速減少を生じ、ついにはろ過継続不能となる。流量を維持するには加圧ないし吸引を要するが、かえって急速に目詰まりを生じろ過を継続し得る時間が激減する。

これに対し、甲第3号証に記載の発明は、目詰まりが起こらないろ材の発見に基づく。このろ材においては、固体がろ材表面に密着しないで積層することによって目詰まりしないので、ろ過を継続しても、従来技術のろ過に不可避な目詰まりによる流速減少を生じない。また、このろ材においては、「目」の大きさよりもずっと小さな固体のろ過が可能である。

以上のとおり、従来のろ過技術では目詰まりを利用しているのに対し、甲第3号証に記載の発明ではろ材表面への固体の積層を利用しているものであって、両者は利用している物理現象が全く異なる。

<2> 甲第3号証に記載の発明の発明に至る実験過程においては、その第3図及び第4図に示すとおり、被ろ過液の追加注入を予定していない。すなわち、ろ過装置タンク内に被ろ過液を満たした後モール氏コックを開いて、ろ過効果を観察したものである。この実験においては、被ろ過液を追加注入することがないので、たまたま条件設定として「積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない」こととなった。しかし、甲第3号証に記載の発明においては、この条件設定が否定的又は肯定的に有意的であるとの知見は示されていないものである。

<3> 甲第4号証の発明は、ろ過槽内での回転攪拌による洗浄方法を特徴とするものである(2欄26行ないし32行)。甲第4号証中の「次いで濾過水送出管14を開けば濾過水は水頭圧により自然に送り出されるのである」(6欄39行ないし41行)との記載は、「積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」ろ過と無関係である。甲第4号証の発明では、その第1図が示すとおり、邪魔板のような装置がないので、継続運転においては送入管9から被ろ過液が流し込まれ、「積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれ」ることになる。

甲第4号証は、逆に、このろ過方法が濾過装置における常套手段でなかったことを示すものである。従来のろ過技術では、ろ材表面への固体の積層という物理現象を利用していないので、ろ過性能はろ材表面付近の流れの乱れによって有意的影響を受けないのである。

<4> 本件における審理の対象は、原告が特許無効審判手続で争った本件第2発明が甲第3号証及び第4号証から進歩性を欠くか、並びに、本件第3発明が甲第3号証ないし同第5号証から進歩性を欠くかである。したがって、甲第3号証ないし同第5号証との関係を離れて、本件第2及び第3発明が、「常套手段」であるがゆえに進歩性を欠くかとか、甲第6号証ないし同第8号証から容易に推考できたかとの点は、本件訴訟の審理の対象とならない。

<5> なお、甲第6号証ないし同第8号証に記載の緩速ろ過技術は、甲第3号証に記載の発明とは、作用効果においても、適用範囲においても全く異なる。

すなわち、甲第6号証ないし同第8号証にかかる緩速ろ過技術においては、原水中のプランクトンを繁殖させ、砂の表面にゼラチン膜を形成させるが、この粘性のある膜によって原水中のコロイド粒子や細菌のような微細な物質を吸着し、また細菌を捕食溶解して、原水中のコロイド粒子や細菌を除去するという現象を利用するものである(甲第6号証276頁ないし278頁)。したがって、この技術は、かかるゼラチン膜を形成、維持させるのがその作用効果である。

これに対し、甲第3号証に記載の発明は、その特許請求の範囲に記載の構造を有するろ材を用いれば目詰まりを起こさずろ材表面へ固体が積層し、固体が原水から分離されるという物理現象を利用しているものである。

また、甲第6号証ないし同第8号証にかかる緩速ろ過技術において「流入水のかく乱によって砂面が洗掘されないように配慮する」のは、砂層の攪乱によって砂の表面に形成されたプランクトンによるゼラチン層の剥離を避けるためであるため、原水の流入はゼラチン層の剥離を生じないように超低速で行われる必要がある。

これに対し、本件第2発明においては、ろ材の攪乱を生じない場合であっても、ろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが混入すると、ろ材表面への固体の均一な積層が達成できなくなるが、「積層する固体の表面附近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」ならば、流入水の速度には関係なく、超高速においてもろ材表面への固体の均一的な積層は可能である。

(2)  取消事由2(本件第3発明について)について

<1> 甲第5号証に記載のものにおいて、負荷量を測定するに清澄水を予め循環させておくのは、予め被ろ過水を入れておけばこの予め入れられた被ろ過水について測定が不正確になるからであり、予め何らかの液体を入れておかなければ流入する被ろ過水がろ材と衝突するときの水圧と流れの乱れによって測定が不正確になると考えられるからである。

これに対し、甲第3号証に記載の発明においては、ろ材表面への固体の積層という物理現象を利用しているが、かかるろ材においては、ろ材表面への固体の積層をスムーズに行うことがろ過の効果を向上させる。本件第3発明は、「予め分散媒のみを通過させ、その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系のろ過を開始する」方法が、この方法を採らない場合に比べて、より一層被ろ過液中の固体の積層を均一に行うことができることの発見にかかるものである。

したがって、甲第3号証に記載の発明のろ材の特徴に着目しない甲第5号証の引用部分の技術と、本件第3発明とは、全く目的ないし作用効果を異にしており、何ら関連性がない。

<2> 甲第6号証ないし同第8号証にかかる緩速ろ過技術において、「調整井より浄水を2m/日以下のゆるい速度で徐々に逆送して砂面上10~20cmまで水を張る」のは、「砂層内の空気排除と砂面保護のため」である。砂層内に空気が封入されると、プランクトンの繁殖が妨げられるからである。

他方、甲第3号証に記載の発明において「予め分散媒のみを通過させ、その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系のろ過を開始する」のは、これによって、ろ材表面への固体の積層を均一的に行うことができるからである。したがって、緩速ろ過技術におけるような極めて緩い速度で浄水を張る必要があるというような制約はない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(1)ないし(4)、(5)<1>、(6)、(7)のうち、本件第1発明は甲第3号証に記載された発明と同一であるものと認められるから、本件第1発明に関する特許は、特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号の規定により無効とすべきものであることは、当事者間に争いがない。

2  本件第1ないし第3発明の概要

(1)  甲第1号証によれば、本件第1ないし第3発明の概要は、次のとおりであると認められる。

「(本件第1ないし第3発明)は本発明に係る固体の積層を均一的に行う方法に使用するろ材(昭和50年特許願第004574号(注・本件における甲第3号証に記載の発明)、同第111814号)・・・の特性をより確実に且つより円滑に発揮せしめてろ過を行うことにより分散系中の固体の積層を均一的に行えることを特徴とする新規な固体の積層を均一的に行う方法に関するものである」(甲第1号証2欄27行ないし3欄4行)。

「本ろ材の一般的特性のうち主要なものを挙げると次の如くである。ⅰ ろ過は終始一定速度で行われる(この現象を発明者は定常状態と呼んでいる)。この際、ろ材の“目”・・・より小さい粒子迄も保持する。ⅱ ろ過しようとする分散系に対し大なるⅰ記載の効果を有する規格の本ろ材を用い、分散系を直接に通過させると最初通常ろ過と同じろ過が進行するが暫時にして回復し得て即ち復元し得て、独特の効果を発揮して定常状態を形成する。・・・ⅳ ろ過はろ滓が本ろ材表面に密着しないで行われるので、ろ滓は本ろ材内部に入り込まず、従って終了後のろ滓の剥離は簡単で反復使用が出来る」(同3欄23行ないし42行)。

「固体を積層させるに均一的に行うことが困難である理由の一つはろ紙、ろ布、綿等使用するろ材と固体との接触が不均一を余儀なくされることにあると考えられる」(同3欄14行ないし18行)。

「(本件第2発明に対する説明)本ろ材を使用中、例えば分散系を直接に積層しているろ滓に衝突せしめるとろ滓が飛散したり、積層状態に乱れを生じ、定常状態を形成してのろ過が行われなくなる。これは積層するろ滓附近のろ過に伴って生ずる流れ以外の流れにより、本ろ材がその独特の効果を発揮するのを妨げられていることを示している。本発明はこの様な知見に基づくものである」(同4欄19行ないし27行)。

「(本件第3発明に対する説明)本ろ材はろ滓がろ材表面に密着しないでろ過される特性を有するが、而してこの結果、積層したろ滓は均一性を有するものとして得られるが、この様な特性は分散媒が本ろ材を通過することにより生起するものであることは予め分散媒のみ通過させながら続いて分散系を流入させろ過を行うとろ過は最初から定常状態を形成して行われることから明らかである。即ち分散媒のみを通過させながら続いてろ過を行うことにより最初から固体の積層を均一的に行うことが出来る」(同4欄28行ないし38行)。

(2)  以上によると、本件第2及び第3発明では、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれないようにして行うこと(本件第2発明)及び予め分散媒のみを通過させ、その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系のろ過を開始すること(本件第3発明)との構成を採用することにより、甲第3号証のような固体の積層を均一的に行う方法をより確実に行うとの課題を解決しているものである。

3  そこで、原告主張の取消事由1の当否について検討する。

(1)  審決の理由の要点(5)<2>(a)(本件第2発明と甲第4号証に載の発明との相違点の認定)は、当事者間に争いがない。

甲第4号証によれば、「先ず濾過層1の内部の多孔板3に支持される繊維集束体2を充填し、濾過液送出管14の弁を閉じるか、管自体を持ち上げて固定し、ポンプ6に呼び水をしてポンプを回転始動させる。被濾過液19は吸入管8及び送入管9から成る被濾過液導入配管を通って濾過槽1内に満たされる。次いで濾過水送出管14を開けば濾過水は水頭圧により自然に送り出される」(6欄34行ないし41行)ものであることが認められる。そうすると、甲第4号証の濾過装置においては、ろ過液導入を終了してからろ過水送出管を開いてろ過を行うものであり、ろ過中にろ滓表面にろ過に伴って生じる流れ以外の流れが含まれないもの、すなわち、定常状態を形成してろ過が行われているものである。被告は、甲第4号証の濾過装置においては、継続運転されることを理由に、「次いで濾過水送出管14を開けば濾過水は水頭圧により自然に送り出される」との記載は、定常状態を意味するものではない旨主張する。

しかし、上記記載が継続運転を要件としていると解することはできないから、被告の主張は採用できない。

しかしながら、甲第4号証によれば、同号証の濾過装置は、「繊維の表面にマンガンの高級酸化物を付着させた一個又は、多数個の繊維束体」(1欄29行ないし31行)を使用して、「接触反応による水中のマンガン分等の化学的な除去と繊維間隙孔により物理的な効率のよい濾過を行なわしめる」(2欄27行ないし30行)ものであり、本件第2発明のようなろ材を使用したり、ろ材表面に固体が積層する現象を利用したものとは異なることが認められる。

なお、甲第4号証に記載の発明がろ材表面への固体の積層の現象を利用するものではない点は、原告が甲第3号証及び第4号証に基づく審判段階における主張を補強するものであるとして提出する甲第6号証ないし同第8号証の記載事項(請求の原因4(1)<5>)を参酌しても同様である。すなわち、原告は、甲第6号証ないし同第8号証に記載された緩速ろ過技術と本件第2発明の技術とは、利用する原理が同じであり、ろ材の攪乱を避けることは結局固体の積層を乱さないことと同じ意味であるなどと主張するけれども、そのように解することは到底できない。また、甲第8号証に記載の急速ろ過における原水を上方から分散させるろ過法も、ろ材表面への固体の積層の現象を利用するものとは認められない。ちなみに、甲第6号証ないし同第8号証に記載された上記技術は、上水道用水浄化のためのものであり、ろ材の種類、ろ過方法、ろ過装置の種類、用途などに応じて多種類あるろ過技術の一分野のものにすぎなく、ろ過技術一般の技術常識を教えるものではない。

そうすると、甲第4号証に記載の発明は、広い意味でろ過という技術分野でとらえれば甲第3号証に記載の発明と共通の分野に属する技術ではあるとしても、甲第3号証に記載の発明とはろ材の構成もろ過の原理も異にするものであるから、甲第6号証ないし同第8号証の記載を参酌しても、甲第4号証に記載の発明に甲第3号証に記載の発明を容易に適用できたものとは認められない。

(2)  さらに、原告は、「甲第3号証第3図、第4図には、〓液の流出はコックの調節に従って常に定常状態の流速で全量が流出することが示されている。この構成は、正に本件第2発明における「ろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」という構成を示唆している」と主張する。

しかしながら、前記1に摘示した審決認定の審判段階における原告の主張内容(審決の理由の要点(2)<1>)及び本件第2発明に対する審判内容(審決の理由の要点(5)<2>)に加え、乙第1号証によれば、甲第3号証は、審判段階においても本件第2発明の進歩性を否定する文献として引用されてはいたものの、原告により具体的に指摘されていたのは本件第2発明が甲第3号証に記載の発明にかかるろ材を使用して固体の積層を均一的に行う点に関する部分だけであり、ろ滓の付近にろ過に伴って生じる流れ以外の流れが生じないとの点に関して上記第3図及び第4図の部分は指摘されておらず、したがって、審判手続においてはこの点の審理がなされず、被告も意見陳述などの機会を与えられなかったものと認められ、そのため、審決も上記第3図及び第4図を証拠とするろ滓の表面にろ過に伴って生じる流れ以外の流れが生じないとの点については何ら判断を示していない。したがって、甲第3号証の第3図及び第4図を証拠として本件第2発明の進歩性の欠如の点を本訴訟の段階で主張することは許されないといわなければならない。

(3)  よって、原告主張の取消事由1は理由がない。

4  原告主張の取消事由2の当否について検討する。

(1)  まず、甲第3号証によれば、本件第3発明の構成要件のうち、「予め分散媒のみを通過させ、その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系のろ過を開始する」との要件以外の点は、すべて甲第3号証に記載されていることが認められる。

前記2に摘示のとおり、本件第3発明において、予め分散媒のみを通過させ、その分散媒中にろ材の全部が浸されている状態のうちに分散系を流入させるのは、ろ過を最初から定常状態を形成して行わせるためである。

他方、甲第5号証の記載事項(請求の原因3(4)<3>)は、前記1に摘示のとおりである。しかし、甲第5号証には予め清澄水の循環等を行う理由を説明する箇所はなく、原告が甲第3号証及び第5号証に基づく審決段階における原告の主張を補強するものとして提出する甲第6号証ないし同第8号証の記載事項(請求の原因4(2)<4>)中にも、甲第5号証において予め清澄水の循環等を行う理由が、ろ材の攪乱を避けること以上に、ろ過を最初から定常状態を形成して行わせるためであることをうかがわせる記載はない。ちなみに、甲第6号証ないし同第8号証に記載された緩速ろ過技術が多様なろ過技術一般の技術常識を教えるものでないことは、前記のとおりである。

そうすると、甲第5号証に記載のものと甲第3号証に記載の発明とは、広い意味でのろ過という共通の技術分野に属する技術ではあるとしても、甲第5号証に記載のものにおける予め清澄水の循環等を行う理由がろ過を最初から定常状態を形成して行わせるためであるとは認められないから、甲第5号証に記載のものを甲第3号証に記載の発明に容易に適用できたものとは認められない。

(2)  よって、原告主張の取消事由2も理由がない。

5  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

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別紙図表4

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